いつでも、誰とでも、それが最後になるかもしれない。だから笑顔で別れる。必ず。

今朝また道に迷って9キロも走ってしまった桃サクラです。こんにちは。でもこの季節、朝は本当に気持ちよいです!

この前、うちのレコード屋に、年配の男性がやってきて言った。

「工藤静香のCDないですか」

うちにはなかった。「すみません、ないです」と言うと、

「そうですか。明日がお葬式なんですけどね、好きだったんで、入れてやりたいなって思ったんですよね」

とさみしそうに言った。

そのとき、いろんな映像がぐわーーーーっとやってきた。娘さんだ。工藤静香が好きだったんだ。きれいな人。

「ブックオフとかにあるかもしれませんよ」

と言うのがやっとだったけど、本当は、

「あなたのその気持ち、ちゃんと彼女に届いてます」

ってぎゅーってしてあげたい衝動にかられた。じゃっかん憑依。

また会いたい。でもこの世ではもう会えなくなってしまった。

もちろんその気持ちは痛いほど分かる。

でもまた会えるから。必ず。

私は今目の前にいる、生きている、大切な人に、精一杯愛を注ぐ。

私のバイブル、吉本ばななさんの「キッチン」にこういう一節がある。

雄一のお母さん、えり子さんが亡くなったという知らせを聞いたとき、主人公のみかげが回想するシーン。

—-ああ、最後はいつ会ったんだっけ。笑って別れただろうか。頭がぐるぐる回った。(省略)そして・・・家に遊びに来るのよ、と、ああよかった、笑顔で別れた。あれが最後だ。

私はこの小節を読んだときから、

いつでも、誰とでも、それが最後になるかもしれない。だから笑顔で別れる。必ず。

と決めている。

そして亡くなったということに対して「どうして」みたいなことは言わない、と決めている。

それがどんなに急であっても、非情であっても。

すべては起こること、起こったことだから。

いつでもそれが最後になるかもしれない。

と思ってどんな人と会っています。家族でも。動物でも。

でもまた会えたら最高に嬉しいし、それは奇跡のようだと感じる。

たとえ会えなかったとしても決して文句を言いたくない。

みかげみたいに、「ああよかった、笑顔で別れた、あれが最後だ」と思いたいし、

あちらからは全部わかるので(っていうかその一部になるから知覚というよりは感覚になる)「見ててね」って言えるような生き方をしたいと思っているのです。

桃サクラ
桃サクラ

作曲家、フルート奏者。射手座B型。 9歳からピアノ、作曲、10歳からフルートを始め、埼玉県蕨市立北小学校、蕨市立東中学校、川口北高校を経て、東京音楽大学器楽科フルート科卒業。その後15年間オーストラリアパースで演奏活動、フルート非常勤講師をつとめ、2009年帰国。創作・演奏活動の日々。