許すということ

誰かを、自分を、許すということは、立派な人になるということとは違う。

 

誰かを、自分を、許すということは、すべてを理解するということではない。

 

ただ、ありのまま、目の前の、

 

みっともなかったり、

 

だらしなかったり、

 

失敗だらけだったり、

 

とほほほ、な自分を

 

「ま、しょうがないよね」「いいよ仕方ないよ」

 

とずるっと、ゆる〜くそのまま放置すること。

 

反省しないこと、責めないこと。

 

許そう!と決めて、きれいに処理してさっぱりすることじゃない。

 

逆。そのまま切りっぱなしにして、放置して、未処理にすること。

 

だらしない?うはー上等。

 

だらしなくても、反省しなくても、だらっとしてても、

 

私はサイコーなの。

 

これからより素敵になっていこうとしてるから、サイコーなわけじゃない。

 

より素敵になってもならなくても、また失敗するかもしれなくても、ぐじゃぐじゃしてても、どんなふうでも、とにかく、私はサイコー!なのだっ!

 

さて、あなたは?

 

条件づけは、しんどいよ。

 

しんどいことは、やめて逃げましょ(笑)

 

明るいほうへ。

這いつくばる、の意味

一昨日のブログ記事。

http://mynameismiracle.pw/2018/01/05/なぜ這いつくばる人生を好む?/

 

這いつくばる、って具体的にどーゆーこと?

 

それは、

 

自分の人生なんてこんなものだろう、

 

って決めちゃって、制限して、生きる、ってことです。

 

そうすると、ほんとうにちゃんと「こんなもの」になります。

 

これはたくさんの人が言ってるし、本も山のように出てるし、私も今までそれこそ浴びるようにそれに接してきたのに、

 

「ほんとうに」それが分かるとビックリする。

 

マジかよ、って(笑)

 

うわーマジだ、ほんとにほんとだ、これしかない、これだけなんだ!

 

って発見するとショーゲキ。

 

もう後には戻れない。

 

這いつくばらなくてもいい、って気づけばいい。それだけ。

なぜ這いつくばる人生を好む?

大好きなルーミーのクォート。

 

あなたは羽を持って生まれている。

どうして這いつくばる人生を好む?

 

 

そう、あなたは蝶なのです。

 

でも自分が蝶だってことに気づかないと、

 

ずっと這いつくばる人生になっちゃうよ。

 

 

地面にはいろいろ落ちてて、大変なんだなこれが。

 

これは避けて通れないXXXなんだとか。ストーリーや方法、処世術がモノを言う世界。

 

 

それをうまくやることが人生じゃない。

 

 

飛べる、と気づいて。そうすれば、這いつくばってる自分に気づける。

 

 

這いつくばる必要なんてない、と気づける。

 

 

 

自分を好きになる、なりたい自分になるということ

自分を好きになる、なりたい自分になる、っていうと努力して自分という人間のレベルを上げることみたいに聞こえるけど、

 

こんなにずるっとすることだとは!

 

最近の私、ほんとうに「素」で、

 

それはつまり、

 

☆いろんなことを「ものすごく」忘れる たくさんのことを覚えていられない

 

☆モノを壊したり、割ったり、落としたりする

 

☆なにも考えていないので失礼なことをしゃらっとフツーに言うとか、失言多発

 

つまりは、失敗の連続!!まるでこども!!(おかーさんに怒られる・笑)

 

以前はね、(最近ではない。相当前かも・笑)

 

しっかりしなくちゃ。

 

きちんとやらなくちゃ。

 

いつでもものすごく緊張していたんだと思う。

 

その緊張が取れて初めて「緊張していた」ってことが分かったんだけど。

 

今の毎日は失敗しすぎだし、人に迷惑を掛けているはずだし、実はちゃんとやれていないのかもしれない。

 

でも前のあのピリピリした感じには戻りたくない。

 

しょーがないんですよねー、だってこうだもん、あはは、って感じ。

 

それに結局のところ、なんともならないことなんてなにもない。

 

もう二度と、自分に鞭打つようなマネはしたくないのよねー。がんは二度とゴメン。

 

 

 

いろんなことを忘れまくっても、ものを壊しても、失言の連続でも、失敗だらけでも、

 

いいじゃん、それで、って心底言えることはとっても素敵なことだよ。

 

自分を好きになる、なりたい自分になる、って理想を高く掲げて、目標に向かって走る、ってことだけじゃない。

 

素の、実はどうしようもなかったりする自分とつきあう、っていう「ずるっと」した感覚の中から生まれる。

 

私はそう思う。

 

だから今日も許してね。大ボケが止まらないけど(笑)

今年の冬は新しい。

そう、すべてが新しい。

 

去年までの冬のつもりで「厚着」「重装備」すると、

 

汗が流れる。暑い。びっくり。

 

昔良く聴いていたなつかしい曲を「なつかしむ」ために聴いても、

 

そのときに過去の状況とかがどこからも出てこない。ただただ新しく聞こえる。びっくり。

 

「食べないと栄養が摂れない」と思い込んで食べると、

 

食べ過ぎる。苦しい。

 

過去に買った地味めな服をまた着ようとしても、

 

着られない。そして新しく欲しいのは原色ばかり。

 

薄着で、新曲で、小食で、派手な冬。

 

うーん、「私」はどこにいったのでしょう。

 

どこにもミツカラナイ。

 

それにしても、

 

「私」がどこにもいない、ってほんとに軽くて、自由で、楽しい!

 

毎日がただただ、新しい。

過去の自分が決して思いつけなかったこと

部屋の状態には、自分の状態がきっちり反映されている、というのはきっと、たくさんの人が知っている事実。

 

忙しかったり、疲れていたりすると荒れたり、

 

逆に整理整頓するとすっきりしたりするもんね。

 

一昨日、仕事部屋の模様替えを突然始めたんです。

 

突然スペースがもっと欲しくなったの。

 

もう10年くらい変えてなくて、それで特に不都合もなかった。

 

でも変えてみて思うんだよ。

 

あーもっと早くこうしたかった!なぜしなかったんだろう〜!

 

でも過去の自分には決して思いつけなかった。今の自分だから出来たんだと思う。

 

私たちはいつも同じなんかでは決してなく、瞬間瞬間に、新しく更新されている。

 

でも「いつも同じだ」と思い込んでるし、「私はこういう人だから」と決めつけてるし、「こうするべき」とかがいっぱいあるし、だから結局あまり代わり映えのしない情報がずっと更新されるだけになる。

 

すると変化は起こらない。

 

でも、やってくることを受け入れたり、なにかに触発されたり、なにかに影響を受けたり、扉を開けたりすると更新のされ方が当然変わってくる。

 

そうすると違う周波数になるから、心地良いと感じるものが変わってくるというわけ。

 

今まで「まぁこれでいいや」と思っていたものが我慢できなくなったり、全然違うものを求めたりする。

 

このダイナミックさときたら!チョー快感!!!やみつきでっせ。

 

バリバリ更新したい!

 

だって、過去の自分には決して思いつけなかったこと、もっともっと思いつきたいから。

 

でも、更新するのは自分じゃない、ってところが一番ダイナミックで素敵なところ。うふ。

 

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無意識は人生を指揮し、それをあなたは宿命と呼ぶ

心理学者、カールユングのことば。

 

 

無意識を意識に変えない限り、無意識はあなたの人生を指揮し、あなたはそれを宿命と呼ぶ。

カール・ユング

 

無意識とか意識とかむつかしそうだけど、要は、

 

気づいているのか、いないのか。

 

ってところ。

 

つまり、

 

気づいてないことに気づいてない、ってことが人生を決めるってこと。

 

そして、気づいていないことはどこも悪くない。

 

そして気づくべきだというわけでもない。

 

 

 

でも気づくってサイコーに素敵だと私は思う。

 

それはミラクル。

 

ミラクルはいつだって運命や宿命を軽々と飛び越える。

 

 

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続・誰かが自分をバカにしていると感じたら

まずは一昨日に書いた最初の記事を読んでね。

http://mynameismiracle.pw/2017/11/10/誰かが自分をバカにしていると感じたら/

 

どうしてこの記事を書いたかというと・・・

 

その日、電話で知らない人(男性・年配)に突然怒られたから。

 

「失礼なヤツだな!」

 

って。

 

私は100%バカにしてないし。第一、その人をバカにするほど知らないし(笑)

 

私が言ったことを究極にねじ曲げて、究極にひがんで受け取ると、そうなるんだなーと感心したわけ。

 

で、その「ねじ曲げる」「ひがんで受け取る」はなにから来てる?と探ったところ・・

 

コンプレックス。

 

自分はこれがあるせいでダメなんだというストーリー。

 

そのねじ曲がってひがんでいるフィルターを通すと・・・

 

あれあれ「まったくどいつもこいつも俺を分かってない」っていう不幸なストーリーのできあがり〜。

 

登場人物はいつでも「自分をバカにする」ことがお約束だから、そんな気がさらさらない私までわざわざ出かけてきて巻き込むというパワフルっぷりだぜ。

 

しんどそう(ため息)

 

そんなしんどいストーリー、捨てちゃえばいいのに。

 

いつだって、瞬時に捨てられます。気づくことができれば。

 

ここまで書いて気がついたけど、彼はこんなふうにどこまでもぽかーんと抜けている私に腹が立ったということなのでは?!

 

後で冷静になったのか謝ってきたけど。

 

んもー、どっちだっていい(笑)

 

苦しいストーリーは今すぐ脱ぎ捨てる。

 

ストーリーがないとほんとうに楽だよ。

 

「自分をバカにしているかもしれない」ということに振り回されるのではなく、

 

「自分は別にバカにされていない」というということを一生懸命信じるのでもなく、

 

ただ、

 

「そこにはなんにもない」

 

ということに気づくこと。

 

ほんとうになんにもない。ただ影が映ったり消えたりしてるだけ。

 

 

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質問:自分の演奏に満足したらおしまいなのか?

私が音大にいた四年間で学んだことはたくさんあって、その中で今でもものすごく自分に影響していること、それは、

 

「自分の演奏に満足したらおしまいだ」

 

という空気。

 

日々鍛錬。精進。練習。どんなときも向上心でもっともっと上を上を目指し続けること。演奏したら「悪いところを」即反省。

 

それを私、ずーっとマジメに自分に言い聞かせてきたみたい!

 

でも、もーやーめた!っていうか、もうできない!!

 

だって、私のフルート、すごく良いから。

 

この前録音した自分のフォーレのシシリエンヌ聴いて「おおこれが、私がずっと聴きたいと思っていたフルートだ」と思っちゃったんだもん。

 

思っちゃったものは仕方ないっす。

 

中学生から吹いているこの大好きな曲をほんとうに自分好みに吹いてくれるフルーティストにようやく出会えたってわけ。

 

音だってすごく好みだし、フレーズもいいし、なんてったってすべてが自分の趣味なんだよねー(←ま、当たり前か・笑)

 

もー、精進も鍛錬もいらない。

 

したいときにするだけ。

 

私は、自分の演奏が最高だと思っている演奏家で、自分の演奏と、自分の音楽をとことん愛していて、それが人にバレても全然恥ずかしくないし、なんだったら「うふふ、実はね」と触れ回りたいくらい自分を愛しちゃってる。

 

そうなって気づくのは、人のことなんてまーるで気にならないってこと。

 

人の存在なんて(自分も含め)全部消えちゃうってこと。

 

そう、そこには誰もいないのだ。

 

さてクエスチョン。

 

自分の演奏に満足したらおしまいなのか?

 

いえいえ、それが始まりなのであーる。

 

さぁ始まるよ。

 

 

 

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