振り返らなくなった

昨日は3.11でしたね。

 

でもブログを書かなかったのは、

 

なにもでなかったから。

 

それなのに、「もっともらしい」ことを書くというのもなかったし。

 

3.11については、それぞれ

 

いろんな気持ちがある。

 

いろんな記憶がある。

 

確かに私にも3.11があって、そこにはそのときの私がいたはず。

 

でももうその私はここにはいない。

 

「今」は「今」しかなくて、それは「気持ち」や「記憶」ではないのです。

 

 

そして最近まったく「振り返る」っていうことをしなくなったことに気づいた。

 

テレビを観てないせいか?

 

テレビって振り返るの好きだよね(笑)しょっちゅう振り返るよね(笑)

 

振り返らない、というのは、比較しない、ということでもあります。

 

比べない、って比べられないってこと。計らない、計られない、ってこと。

 

すごく楽。とってもくつろげます。

 

この、「楽」で「くつろげる」っていうの、本当にすごく大切なの。

 

ものすごーく地味だけど(笑)

 

すべてはそこから始まる。

 

エゴがないってすごいこと

最近のヤングピープルと接するチャンスはあまりなかったけど、先日のレッスンでたくさんの若い奏者たちに会った。

 

みんな技術があって、とってもうまい!

 

ファゴットって不器用で、むつかしい楽器だと思ってたけどみんなすらすら達者でびっくりした。

 

器用なフルートはいったいどんなことになっているのかしらん?(コワイ)

 

でも、うまいからと言って、達者だからと言って、感動するかというとそうではないところがミソ。

 

なんとか突き抜けたいし、認められたいけど、どうして良いか分からない、自信もない、若い頃のあの焦る感じ、思い出した。

 

みんな音楽がとっても好きで、ずっとやっていきたいけれど、どうやって行けばいいかわからなくて、キャリアにするためには、コンクールに通るかオーディションに受かるかしかない、という感じ。

 

本当はそうじゃないんだけどね。

 

私も死ぬほどジタバタしたし、わけわからず、といった感じでとにかくやれることはなんでもやってきたら・・・こんな人生になった。

 

それをどうこう考えたことすらなかったけど、こうして今、今の私になれたから、遠回りなんかひとつもしてないことに気づいたよ。

 

エゴがない、ってとってもすごいことだし、ものすごーく素敵なことだとわかったよー!

 

私がしてきたことってぜーんぶ

 

エゴを落とすこと

 

だったのね。通訳もそうだし、カウンセラーもそう。

 

なるほど!わけわかると自分にヒジョーに納得。

 

直感にしか従ってきてないから・・・(笑)

 

インパクトの強い夢

昨日の朝方、号泣しながら目が覚めた。

 

なぜならば、飼っているコザクラインコのサクラが死んでしまう夢を見ていたから。

 

とっても悲しかったけど、なにかが、誰かが「死ぬ」夢っていうのは、良い夢。

 

なぜなら死と再生はいつだってワンセットだから。

 

死ぬということは、新しいものが生まれたということだから。

 

 

夢の中で、

 

「1年半の命だったね」

 

と何度も何度も言っていたの。

 

でもサクラの本当の年は3才。4月になったら4才。違うんだよね。

 

朝起きて、泣きながら「ん?なぜに1年半?」と考えてみた。

 

 

そしたら、がんだと言われてから来月3月で1年半なの。

 

うわ、それだわ!とピンと来たのでした。

 

1年半前に生まれたものがもう死んだんだよ、と夢は予告している。

 

さては・・がんかしら?

 

でもがんはもっと前からあったはずだしなー。

 

1年半前のあの日からすべてがひっくりかえったよ。

 

あの日以前の私がもうあまりよく思い出せないほど。

 

 

 

 

ちなみにこれがインコのサクラです。今日もとっても元気です。サクラだけど男の子。うちにやってきたときにはもう「サクラ」っていう名前がついていたの。

 

一緒にいられるときに、精一杯楽しく、優しく、笑顔で接すること。

 

サクラだけじゃなく、すべての人にそんなふうに接する。

 

だって今日が、これが、最後になることはじゅうぶんにあり得ることだから。

 

私たちには今しかないんだから。またこんど、なんてまぼろし。

My gift is… 才能とは。

Youtubeで動画観てたらえらいもんを見つけてしまった。

英語で字幕なしなのですが・・・

 

 

ここでOprahが言っているのは、

 

My gift is the ability to surrender to a will which is greater than myself.

 

(私の才能は、私を超えた大いなる力に委ねられるってことなのよ)

 

がつーーーーん。

 

今日羽生くんと宇野くんのスケート観てても、そう思いました。

 

才能というのは、つまりそういうもの。

 

自分を超えた大いなる力にすべてを明け渡せるということ。

 

そこに「私」はいない。

夜中に気づいたこと

昨日の夜、いつも夜中に一度起きるトイレに起きなかったんです!

 

なんだそんなこと?

 

いやいやこれは快挙なのです!

 

やっぱりほんとうに健康になったら夜中にトイレに行ったりはしない!と足もみの講習会で教えてもらったの。

 

足もみをしてたくさん白湯を飲んだとしても、ほんとうに排泄がうまくいっていて、循環が良ければ行かなくて済むらしい。

 

私は20代の頃から夜中にトイレに起きていた、つまり腎臓とか膀胱が弱い。だから「朝までぐっすり眠れたらサイコーだろうな♡」と憧れつつ、日々足もみで腎臓と膀胱のツボをひたすら押してました。

 

そしてついに!!叶った!!うれしーーーー!!!!

 

さて今日はどうかな。

 

そして最近また夢を見るように突然なったのですが、

 

どこか人の賑やかなところに行ってバッグを無くす、

 

という夢を2日おきに2度見たのです。

 

1回目は、ふと気がついてあせって探すんだけど「無理だろうな・・・」と思っているところで目が覚めて、

 

2回目は、気づいて探してたら財布だけは出てきて、「あとなんだっけ?」って考える、っていう夢。

 

バッグっていうのは持ち物、つまりアイデンティティー。

 

自分が持っていると思い込んでいるもの。

 

でもそれをたとえ無くしても、私は消えたりしないし、案外大丈夫だったりする。

 

ずっとバッグをなくすことを怖れてた気がする。

 

そして、最近ほんとうに実感するんだけど、

 

 

自分のことを知れば知るほど、自分はいなくなります。

 

これほんと。

 

知れば知るほど自分が確立していくのかと思ってたけど、真逆。透明になってく。

 

そして、自分がいないって、

 

ほんと楽!!!

 

これもほんと。いつだって邪魔するのは自分しかいないから。

 

許すということ

誰かを、自分を、許すということは、立派な人になるということとは違う。

 

誰かを、自分を、許すということは、すべてを理解するということではない。

 

ただ、ありのまま、目の前の、

 

みっともなかったり、

 

だらしなかったり、

 

失敗だらけだったり、

 

とほほほ、な自分を

 

「ま、しょうがないよね」「いいよ仕方ないよ」

 

とずるっと、ゆる〜くそのまま放置すること。

 

反省しないこと、責めないこと。

 

許そう!と決めて、きれいに処理してさっぱりすることじゃない。

 

逆。そのまま切りっぱなしにして、放置して、未処理にすること。

 

だらしない?うはー上等。

 

だらしなくても、反省しなくても、だらっとしてても、

 

私はサイコーなの。

 

これからより素敵になっていこうとしてるから、サイコーなわけじゃない。

 

より素敵になってもならなくても、また失敗するかもしれなくても、ぐじゃぐじゃしてても、どんなふうでも、とにかく、私はサイコー!なのだっ!

 

さて、あなたは?

 

条件づけは、しんどいよ。

 

しんどいことは、やめて逃げましょ(笑)

 

明るいほうへ。

這いつくばる、の意味

一昨日のブログ記事。

http://mynameismiracle.pw/2018/01/05/なぜ這いつくばる人生を好む?/

 

這いつくばる、って具体的にどーゆーこと?

 

それは、

 

自分の人生なんてこんなものだろう、

 

って決めちゃって、制限して、生きる、ってことです。

 

そうすると、ほんとうにちゃんと「こんなもの」になります。

 

これはたくさんの人が言ってるし、本も山のように出てるし、私も今までそれこそ浴びるようにそれに接してきたのに、

 

「ほんとうに」それが分かるとビックリする。

 

マジかよ、って(笑)

 

うわーマジだ、ほんとにほんとだ、これしかない、これだけなんだ!

 

って発見するとショーゲキ。

 

もう後には戻れない。

 

這いつくばらなくてもいい、って気づけばいい。それだけ。

なぜ這いつくばる人生を好む?

大好きなルーミーのクォート。

 

あなたは羽を持って生まれている。

どうして這いつくばる人生を好む?

 

 

そう、あなたは蝶なのです。

 

でも自分が蝶だってことに気づかないと、

 

ずっと這いつくばる人生になっちゃうよ。

 

 

地面にはいろいろ落ちてて、大変なんだなこれが。

 

これは避けて通れないXXXなんだとか。ストーリーや方法、処世術がモノを言う世界。

 

 

それをうまくやることが人生じゃない。

 

 

飛べる、と気づいて。そうすれば、這いつくばってる自分に気づける。

 

 

這いつくばる必要なんてない、と気づける。

 

 

 

自分を好きになる、なりたい自分になるということ

自分を好きになる、なりたい自分になる、っていうと努力して自分という人間のレベルを上げることみたいに聞こえるけど、

 

こんなにずるっとすることだとは!

 

最近の私、ほんとうに「素」で、

 

それはつまり、

 

☆いろんなことを「ものすごく」忘れる たくさんのことを覚えていられない

 

☆モノを壊したり、割ったり、落としたりする

 

☆なにも考えていないので失礼なことをしゃらっとフツーに言うとか、失言多発

 

つまりは、失敗の連続!!まるでこども!!(おかーさんに怒られる・笑)

 

以前はね、(最近ではない。相当前かも・笑)

 

しっかりしなくちゃ。

 

きちんとやらなくちゃ。

 

いつでもものすごく緊張していたんだと思う。

 

その緊張が取れて初めて「緊張していた」ってことが分かったんだけど。

 

今の毎日は失敗しすぎだし、人に迷惑を掛けているはずだし、実はちゃんとやれていないのかもしれない。

 

でも前のあのピリピリした感じには戻りたくない。

 

しょーがないんですよねー、だってこうだもん、あはは、って感じ。

 

それに結局のところ、なんともならないことなんてなにもない。

 

もう二度と、自分に鞭打つようなマネはしたくないのよねー。がんは二度とゴメン。

 

 

 

いろんなことを忘れまくっても、ものを壊しても、失言の連続でも、失敗だらけでも、

 

いいじゃん、それで、って心底言えることはとっても素敵なことだよ。

 

自分を好きになる、なりたい自分になる、って理想を高く掲げて、目標に向かって走る、ってことだけじゃない。

 

素の、実はどうしようもなかったりする自分とつきあう、っていう「ずるっと」した感覚の中から生まれる。

 

私はそう思う。

 

だから今日も許してね。大ボケが止まらないけど(笑)

今年の冬は新しい。

そう、すべてが新しい。

 

去年までの冬のつもりで「厚着」「重装備」すると、

 

汗が流れる。暑い。びっくり。

 

昔良く聴いていたなつかしい曲を「なつかしむ」ために聴いても、

 

そのときに過去の状況とかがどこからも出てこない。ただただ新しく聞こえる。びっくり。

 

「食べないと栄養が摂れない」と思い込んで食べると、

 

食べ過ぎる。苦しい。

 

過去に買った地味めな服をまた着ようとしても、

 

着られない。そして新しく欲しいのは原色ばかり。

 

薄着で、新曲で、小食で、派手な冬。

 

うーん、「私」はどこにいったのでしょう。

 

どこにもミツカラナイ。

 

それにしても、

 

「私」がどこにもいない、ってほんとに軽くて、自由で、楽しい!

 

毎日がただただ、新しい。