自分が好き

3歳の姪っ子パースから来日中。

子供ってみんなそうだけど、自分が大好きなんだよねー。

 

写真撮ってあげると、「見せて〜!」とか言って、スマートフォンの画面をうっとり見つめて「かわいい」とか言ったりしてる。

 

大人になるとなんで自分のことが好きじゃなくなるんだろうなー。

 

自分大好き、は基本だね。無条件でよろしくね。

 

 

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凶を引いてもすぐ大吉!

昨日はパースからお友達が来ていたので、浅草に着物で行ってお参りしてきました!

今浅草はカラフルな着物で歩いている外国人の人がたくさんいて、楽しい♥

 

彼らもレンタル着物したらしいけど、とっても様になっていてかっこよかった。

 

お昼は大黒屋で天丼。

 

色が濃くて味も濃いのか?!と思いきや、案外あっさりと食べられてあとも胃もたれしないのが素敵。老舗の味だね。

 

お店のおばちゃんの台東区っぽいハードさもたまらん!

 

そして浅草寺でおみくじ。凶をゲット。久々。

 

そんなこともあるでしょ、と淡々とおみくじを結んで、と。

 

浅草神社でリトライ。

 

すると。

 

桃桜おみくじをいただきました!

 

これって、おそらく3回目。

 

いっぱいあるおみくじで、たまーにしか引かないのに、3回目なんてすごい。

 

おみくじは波長チェッカーなので、凶を引いたところで全然怖くないのよ。

 

たまたまそのときの波長ってだけ。

 

だから凶が出ても怯えなければ、すぐに大吉に転換するし、その逆もあるってことだ。

 

結果からなにが生まれるかはおみくじを引いた以降の自分が決めること。

 

怖いことなどなにもないし、すべてはありのままだよね。

 

良くもなければ、悪くもない。

 

以前はもうちょっとドキドキしつつ引いてた気がする、と今日ふと思った。

 

それにしても楽しかったなー浅草!大好き。

 

 

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スイーツで頭痛?!マジ?!

この前のコンサートの後の打ち上げは千疋屋でした。コースターが桃っ!

 

ハヤシライス+サンドイッチ+パフェ+お茶!っていう豪華なセットを注文。

 

ハヤシライスもサンドイッチも1年ぶりに食べたよ・・・まるっきり炭水化物セット!

 

でもさすがは千疋屋!具がとっても充実してて美味しかった。

 

 

そしてデザートの季節のパフェに行く!マスカットだった♥

 

 

これももちろん1年ぶりのパフェ。

 

気持ちは嬉しいし、テンションも高いんだけど、食べてるうちに頭痛が・・・マジ?!

 

カラダが「白砂糖だーっ!」ってありとあらゆる血管でアラームを鳴らしてる感じ。うううう。

 

結局、半分も食べられずに終了。

 

自分がちょっと信じられなかった。

 

もともとチョーがつくほどの甘党で、息抜きは甘いもの!甘いもののためによくいろんなことをがんばったりしてきたのにー!

 

スイーツを食べないなんて、人生なにが楽しいのかね?とか言ってたのに。

 

 

昔はやせ我慢して、「フルーツにしとこ」ってしぶしぶ選んでたのに、今は心底、ダンゼン、絶対!即決でスイーツよりフルーツを選ぶ。100%。ひゃー。

 

「白砂糖はがんのえさになる」って聞いて、こりゃいかん!と砂糖断ちをして1年。最初の三ヶ月は禁断症状でとーっても苦しかった。

 

うー、白砂糖ってやっぱりドラッグと同じだ。

 

それにしても・・・

 

 

もはや私って、私じゃない?!

 

 

過去の私はどこにもいない!!!

 

 

ちょっとついてってない(笑)

 

 

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シミもキズもありながら、それと仲良く暮らす。

日曜日のコンサートで、

 

「私も精密検査で引っかかって」

 

とか

 

「半年に一度はチェックをしている」

 

という女性達にお会いしました。

 

乳がんは女性なら誰でも(実は男性もまれにあるらしい)かかる可能性のある病気なんですよねー。

 

私はかかりません!っていう人はいない。

 

乳がんに限らず、みんななにかしら、病気だったり、病気の種を抱えているよねー。

 

生まれつきの体質とか、遺伝とかもある。

 

きれいさっぱりフリーです!っていう人はいない。

 

でもいろいろ持っていたとしても、

 

発病しなければいい。

 

たとえ細胞が変異して、腫瘍や血栓なんか出来ていたとしても、

 

それがちゃんと大人しくして、成長しなければ大丈夫。

 

元気に見えるあの人もあの人も、きっと、なにかしら抱えてる。

 

生きているっていうのはそういうことだ。真っ白じゃない。

 

シミもキズもありながら、それと仲良く暮らす。

 

シミもキズも仲間にして、身内にして、大切な毎日を大切に過ごす。

 

いろいろあっても、いろいろ持ってても、それでいい。You are perfect。

アラジンの魔法のランプがあったら欲しいもの

アラジンの魔法のランプが目の前にあったら、なにをお願いする?

 

私の答えは決まっている。

 

Clarity。

 

明晰さ、透明さ、明澄さという意味。くっきり冴えている、という状態。

 

なにかを必死に保っているんじゃなくて、すっくと美しく立っている、というイメージ。

 

迷いがない波動。

 

クラリティがあれば、なにもいらない。そこには全部があるもの。

 

chrisbeatcancer.comというサイトがあって、様々な人々のがん克服ストーリーが載っているんだけど、このサイトの運営をしているクリス・ワーク自身も、26歳のときに結腸がんになって、手術はしたものの、抗がん剤治療を拒否して、自然療法で治しちゃった人。

 

今、Square oneというがんを治す、というテーマのオンラインセミナーシリーズをやっていて、私は毎日彼の動画を見ているんだけど、とってもくっきりはっきりきっぱりしている。素晴らしいClarityの人。

 

これじゃがんは追いつけないねー。

 

澄みきっていたい。

 

なにが欲しいのか(あるいはなにが欲しくないのか)くっきりはっきりわかっていたい。

 

やることはやる。やらないことはやらない。

 

今まで散々迷いに迷ってぐちゃぐちゃうじゃうじゃしてきたけど、今、はっきりとそう思う。

乳がん検査だけが大事なんじゃない

今からちょうど1年前の2016年、9月8日、私は突然思い立って乳がん検査を受けた。

 

エコー検査からのマンモグラフィー、その日のうちに細胞診(しこりに針を刺す)までされて、MRIの予約も取らされた。

 

ほとんど有罪確定、だな、と思いながらどーしよーと途方に暮れていた。

 

そしてきっかり1年後、こんなに健康になった私がいる。しゃきーん!!!

 

がんはまだ私から完全に消えていないけれど、もはやがんは私につかまっていられなくなってきているのを感じる。

 

でね、私が1周年に思うのは、

 

乳がん検査だけが大事なんじゃない

 

ってこと。

 

乳がんを経験した人はみな口をそろえて「早く検診に行って」とか言うけれど。私は人に「私もしたから、あなたも我慢しようよ」と言いたくないタイプ。

 

だって、どう考えても、あれって最悪の時間だし、マンモグラフィーとMRIに関しては二度と受けたくないし、受けるつもりもない。

 

しかも結果を待ってる時間がとにかく地獄。なにも手に着かなくて、検索しまくっては最悪の事態を想像し、カラダがどんどん冷えていって、免疫は急降下。

 

良いコトなんてひとつもないぜよベイビー。

 

乳がんが見つかる2016年の9月8日以前の私は「健康」だということになっていたけれど、実際はそうじゃなかった。

 

ばっちり悪性腫瘍を抱えておそらく10年以上暮らしていた。

 

でも(なぜか)2013年頃からものすごく熱心にコールドプレスジュースを飲んだり、ホットヨガを始めたりして、

 

少なくともその三年間、私はずっと(知らないうちに)治療をしてきたのだと思う。

 

もしも「がん」がカラダの中にあったとしても、それを増やしたりしなければ、元気で、健康でいられる。Look at me!

 

みんなひとつやふたつ、きっと抱えてるよねー?

 

そして、食生活や生活習慣を改めるのは、がんが見つかってからじゃなくても良くない?

 

今すぐ健康になっちゃえば良くない?

 

検診でがんを見つけられるんじゃないか、ってひやひやするんじゃなくて、

 

あっても大丈夫なんで!なんとかできるんで!くらいの自信があれば、怖いものなんてない。

 

その自信は毎日の食生活が支えてくれる。(私の場合足もみとヨガも!)

 

がんを見つける乳がん検査も大事かもしれないけど、

 

あったら一環のおしまいなんかじゃない。

 

たとえあったとしても、増えなければ大丈夫。

 

どんながんも最初はひとつの細胞分裂から始まる。

 

健康になってがんを追い越せば、消えちゃうよ?私みたいに。

 

怖い思いはなるべくしたくない。する必要ない。怖いのやだ。

 

それに、食事や生活習慣に気を付けるっていうことは、自分をケアする、自分を好きになるということ。

 

それもがんが教えてくれた大切なこと。検査だけがすべてじゃない。

今が広くなる、ってこと

ふと気づいた。

 

一昨日の検査ですごく疲れてばったり、という感じだったんだけど、

 

昨日起きたらあまりなにも残っていなくて、

 

誰かにその話をするときも、感情が通り過ぎているので、淡々としゃべってる。

 

昨日のコンサートをしてすごーく疲れてばったり、と眠ったら、

 

今朝起きたらほとんどなにも残っていなくて、

 

ふーむさてさて、今日も始まりましたな、という感じになってる。

 

「持ち越す」感情って以前はすごくあった気がする。

 

良いことがあると、次の日に起きてまた味わったり、

 

最低なことがあると、次の日もどよーーーん、と暗かったり。

 

でも今はなにも取っておけない、という感じ。

 

筒みたい。

 

全部通り過ぎてって、なにも残らない。

 

昨日の影響を受けない、今日。

 

それはそれはとっても贅沢なんだと思う。

 

だっていつも真新しい。

 

そしてひろーいお布団を独り占めするような。

 

そこに過去とかこの前、とかあのとき、とかいろいろ載せてると、

 

今が狭くなるよ。

 

全部さらり〜っと水に流す。

 

取っておかない。にぎりしめない。

 

すると今が広くなる。

 

なんでもできる今がどんどん広くなるってこと。

ガンが視界から消えるくらい、もっともっと今日を、今を、満タンにする。

昨日の検査の結果をドクターのお友達に報告した。いつも支えになってくれるありがたくて、素敵な存在。

 

彼には画像とかを見せているわけではなくて、私が状況をつたなく説明するだけ。

 

彼の返信。

 

いずれにしても腫瘍そのものが大きくはなっていないということは事実なので、3ヶ月に一度のフォローアップでいいと思います。体調が良くて日常生活が幸せに送れているのなら、これ以上なにが必要と言うのでしょう。

 

ほんとに、ほんとに、ほんとに!!!

 

気づいた。ガンと分かってから1年、ガンが消えることを目指して、ありとあらゆることをやってきた。それ中心の生活だった。

 

でもガンを消すことは私の目的ではない。

 

体調が良くて、日常生活を幸せに送ること。

 

まさにそれが叶っている。

 

まだカラダの中にガンはあるけれど、それがどうしたと言うんだ!私は元気だし、健康なのよー!

 

それを言えるのは私だ。検査結果とかお医者さんは関係ない。

 

もっともっとエネルギーは高まっていく。そしてガンを追い越す。ガンが視界から消えるくらい、もっともっと今日を、今を、満タンにする。

 

それで行きましょー。今日は3時から第一回目の「認知症予防コンサート」。楽しみ。だってそんな企画、私たちしかできないもーん!

ガンを追い越す!

少し前のこと。

 

右胸に小さな赤いできものを発見。

 

それだけで、震えるほど怖くなった。

 

なにかの症状?

 

悪くなってる?

 

新しいのができた?

 

いやいや私の右胸はすでに有罪確定が出てるんですけど、なにかそれとの関係が?!

 

少し前の天候がちょっと肌寒くて、曇っていて、ちょうど去年の乳がん発覚の頃の気候だったせいもあったと思う。

 

怖くて怖くて、怖いと人は検索するものです。

 

 

検索しまくっていて、ふと気づいた。

 

もうすでに良くなっていて、克服したはず!と思っているのに、なにかちょっとあるだけでこーんなに怖い!!

 

それがガンというものなのね。

 

油断はできないのね。

 

でもそのとき、毎日やってる足もみとか、食事療法とかが、がーっちり私を支えてくれたのを実感した。

 

ああこういうときのためなんだ!と思った。

 

治りたい、だけじゃ足りない。

 

ガンを追い越さなくちゃ!

 

まだガンは私のカラダの中にあるし、消えるかどうかも分からないけれど、

 

ガンはガンで意志があって、命があるのなら、

 

私は私で、もっと元気になろう。

 

ガンを追い越して、引き離して、二度と追いつけないくらい元気になろう。

 

今まで見たこともない景色を見よう。見たいじゃないかー。

 

私たちにはそのチカラがある。

 

 

P.S. 右胸のできものは一週間で消えました。たぶんダニ。それにしてもまぁゼツミョーな場所に刺してくれたもんです(笑)

私のためにトビラは開く

自分をさらけ出すのは怖い。

 

どんな人間関係もそうだし、どんな局面でも怖い。

 

たとえば自分がお店だとして、自分の在庫すべてをさらけ出して並べて、誰も買ってくれなかったら救われないじゃん!ということだ。

 

だから小出しにしたり、在庫をしまい込んだりしてその場をごまかす。

 

 

作曲を始めてから17年。たくさんの曲を書いてきた。

 

いつもそのタイトルは「ウィンターバード」とか「ヒズポートレイト」とか、短い言葉だった。

 

どうしてかというと、長く余計な情報を付け加えすぎて、聴く人のイマジネーションを妨げたくなかったから。

 

・・・という建前だったけど、ほんとうはそうじゃなくて、

 

たくさん情報をあげて、さらけ出して、なにかを言い切るのが怖かっただけ。

 

なにかを言い切ってしまうのは怖い。

 

だから「なんちゃって」とか「みたいなね」って曖昧にして、ぼかして、余白を残そうとする。

 

でもそれは弱さ。そしてその正体は怖れ。

 

怖れを手放したい。

 

怖れから自由になりたい。

 

いつもそう願っていたら、願いが叶った。

 

いつの間にか、余白がいらない私になっていた。

 

 

「トビラ」という曲がある。

 

震災の少し後、オーストラリアで書いた特別な曲。

 

 

この曲はずっと私の中で「トビラ」だったけど、もうちょっと言ってみたくなった。

 

余白に自分をさらけ出してみたくなった。

 

というわけで、この曲は今日から

 

「私のためにトビラは開く」

 

The door is opening for me

 

です。

 

言い切れるようになった自分、かっこいいぞーーー。

 

 

そう、いつだって私のためにトビラは開く。

 

 

もちろん、あなたのためにも。