許すということ

誰かを、自分を、許すということは、立派な人になるということとは違う。

 

誰かを、自分を、許すということは、すべてを理解するということではない。

 

ただ、ありのまま、目の前の、

 

みっともなかったり、

 

だらしなかったり、

 

失敗だらけだったり、

 

とほほほ、な自分を

 

「ま、しょうがないよね」「いいよ仕方ないよ」

 

とずるっと、ゆる〜くそのまま放置すること。

 

反省しないこと、責めないこと。

 

許そう!と決めて、きれいに処理してさっぱりすることじゃない。

 

逆。そのまま切りっぱなしにして、放置して、未処理にすること。

 

だらしない?うはー上等。

 

だらしなくても、反省しなくても、だらっとしてても、

 

私はサイコーなの。

 

これからより素敵になっていこうとしてるから、サイコーなわけじゃない。

 

より素敵になってもならなくても、また失敗するかもしれなくても、ぐじゃぐじゃしてても、どんなふうでも、とにかく、私はサイコー!なのだっ!

 

さて、あなたは?

 

条件づけは、しんどいよ。

 

しんどいことは、やめて逃げましょ(笑)

 

明るいほうへ。

悲しくてせつない話だと思っていた映画が・・・

実は2015年に自分の底が抜けてから、それ以前は毎週のように見ていた大好きな映画が全然見られなくなった。

 

でも最近なぜかまた戻ってきて、いろいろ見られるように。もっぱらテレビの代わりに映画を見てる。

 

それで数年ぶりにマット・デイモン主演の「ヒアアフター」を見たのね。

 

 

これ、もうなんていうか、わかりすぎるというか、サイキック描写がすごく的確で、「知ってしまうこと」「見えてしまうこと」の大変さがとてもよく描かれていて。

 

自分の記憶の中では「すごく名作だけどせつなく悲しい話」として刻まれていた。

 

で、久しぶりに見てびーーーっくり!!!

 

ものすごく希望にあふれた話じゃないかっ!!

 

もちろん、数年前の私が共感したであろうサイキック描写も良かったけど、なにしろサイキック名主人公が自分の能力を認め、受け入れる過程がとても素晴らしかったし、なんと最後がすてきなすてきなハッピーエンド!!

 

どこが悲しい話なのだ?!

 

首をひねりました。

 

実はこの映画だけじゃないの。昔見た映画、全部が別物みたい。

 

いやいや別物になったのは私だってば。

 

結局のところ人は見たいものを見るし、見たいものしか見えない。

 

そしてそれが現実になっている。

 

って、それだけ。

テレビを見なくなって1ヶ月

経ちました!12月11日に始めたので今日で丸一ヶ月。

 

暮れに実家に帰って紅白とお正月の格付けだけ見たけど(あれ面白い)あとはほとんど見ていません。

 

変化としては、

 

まず、体調が良くなった いろんなニュース(ストーリー)に接しなくてよくなったから

 

霊媒体質なものでいろんな情報が勝手に入ってきてしまうのよー。

 

そして、CMを見なくなって、自分の価値がちゃんと感じられるようになった。

 

CMっていうのは

 

「私たちには欠けているものがある!」

 

ということを前提にして、

 

「これを買えばそれが解消!」

 

とオファーして刷り込む仕組み。

 

このヨーグルトを食べれば、あなたは健康に!

 

このファンデーションを買えば、あなたは美しく!

 

 

ってわけ。

 

ううん、実はヨーグルトやファンデーションがなくても、あなたは今のままで十分なんです。

 

なにかを買うことで、手に入れることで、人が変わることなんてあるわけがない。誰がなんと言おうと、だまされてはいけない。

 

それはキツネかタヌキです(笑)

 

1ヶ月テレビを見ないだけで、

 

「I am enough」度が格段に上がったのがすごい。

 

自分を下に下げるような言葉が出てこなくなった。まぁ日本の社会はそういう社会だけど。

 

それで、たまたまお店の電話を取ったりして、お客さんの対応をしたりすると、

 

キレられる(笑)

 

そして自分がお客さん側だと、いろんなお店の人の対応が「クレームが来ないように」ということを一番にしているせいか、実はかなり卑屈なのだということに気づく。

 

そんなに謝る必要が?!と首をかしげること多し。

 

CMも実はかなり卑屈なの!相当屈折してるの!

 

卑屈に考えてしまう自分をどうにかしたくて、いろいろ試してきたけど、テレビCM抜きが一番効きました。

 

私もやめるまでは時間が掛かったの。オーストラリアで鬱になったとき、日本のテレビ録画をずっと見ていたっていう歴史があって、最初はすごく怖かったもん。

 

最初はちょっと寂しいけど、あとは自由しかない。

 

ま、地面を這っていたい人は、見といた方がいろいろためになります。これは皮肉じゃなくて。

 

ヤベツの祈りと出会う

12月に始まった変化の波がぐいぐい押し寄せてきている今日コノゴロ。すごいっすよー。

 

変化の波がいろんなことを起こしているのか、いろんなことをしているから変化の波が来てるのか、どっちが先かはわからないけど、いろいろ起こってます。

 

 

その中でやってきたのが、「The Prayer of Jabez」という本。日本語だと「ヤベツの祈り」という。

 

 

キリスト教の牧師さんが書いて、アメリカで1000万部を売り上げた本。

 

私には特定の宗教がない。どんな真理もひとつだから、それがキリスト教だろうが、仏教だろうが神道だろうが、私はすべてを信じてる。

 

だから全然抵抗なく読めたし、なにより面白かったし、なんかびーん!と魂に響いたんだよね。

 

Surrender(降伏する)というのがずっとテーマだったけど、具体的な方法がついに出てきた!と思って、このThe prayer of Jabezを12月21日から実践中。

 

カンタンなお祈りなの。

 

Oh, that you would bless me indeed, and enlarge my territory, that your hand would be with me, and that you would keep me from evil, that I may not cause pain!

私を祝福してください。私の裾野を広げてください。あなたの御手がいつも私と共にあり、邪悪なものから私を遠ざけ、苦しむことがありませんように。(桃サクラ訳)

 

これだけ。

 

聖書には「神様はこの祈りをかなえられた」とある。

 

このお祈りのすごいところは正面切ってねだってるところ!!

 

つまり「Ask !」ってことね。「願いましょう」「ねだりましょう」ってこと。

 

これを始めてから、いろいろ欲しがってくるクセに、なにをねだって良いのか分からない自分がいることに気づいた。

 

欲しがるならきっぱりと欲しがらないと!!(笑)

 

だからトレーニングのように毎日やってます。

 

でね、これを始めてから一週間後に突然銀座に行きたくなったの。

 

で、行ってきた。すごいねー銀座。まぶしい。すごく好きなエネルギーの街。

 

そして新しくなったITOYAで、素敵なノートを発見。

 

おおこれを「祝福のノート」にしよう!と思いついて購入。

 

これに「祝福したいこと、されたいこと」を書いてお祈りするの。

 

ノートをゲットして、うふふ、と思いながら銀座の街を歩いていたら、突然「豊岩稲荷」のことを思い出した。

 

銀座の表通りから資生堂の裏を入ったところにあるビルの谷間の小さなお稲荷さん。

 

とにかくパワーはすごいっすよー!!!キレッキレ系。

 

以前はよく行ってたんだけど、最近ご無沙汰してた!病気が分かってから1度も行ってなかったかも!これは行かなくては!ということで行ってきました!

 

そこでノートを出してお祈りしてきた。

 

私を祝福してください、って。

 

ははは、もう神道とキリスト教ごちゃごちゃ!

 

いいの、すべてはひとつだから。

 

祝福ノートにお祈りを書くとき、すごく真剣に書かなくちゃ!という緊張感がある。

 

だって、叶っちゃう。本気だから。

 

そしたらほんとに叶ってるのです。すごいのです。

 

なにが叶ったかは次のブログに書きますね。

這いつくばる、の意味

一昨日のブログ記事。

http://mynameismiracle.pw/2018/01/05/なぜ這いつくばる人生を好む?/

 

這いつくばる、って具体的にどーゆーこと?

 

それは、

 

自分の人生なんてこんなものだろう、

 

って決めちゃって、制限して、生きる、ってことです。

 

そうすると、ほんとうにちゃんと「こんなもの」になります。

 

これはたくさんの人が言ってるし、本も山のように出てるし、私も今までそれこそ浴びるようにそれに接してきたのに、

 

「ほんとうに」それが分かるとビックリする。

 

マジかよ、って(笑)

 

うわーマジだ、ほんとにほんとだ、これしかない、これだけなんだ!

 

って発見するとショーゲキ。

 

もう後には戻れない。

 

這いつくばらなくてもいい、って気づけばいい。それだけ。

なぜ這いつくばる人生を好む?

大好きなルーミーのクォート。

 

あなたは羽を持って生まれている。

どうして這いつくばる人生を好む?

 

 

そう、あなたは蝶なのです。

 

でも自分が蝶だってことに気づかないと、

 

ずっと這いつくばる人生になっちゃうよ。

 

 

地面にはいろいろ落ちてて、大変なんだなこれが。

 

これは避けて通れないXXXなんだとか。ストーリーや方法、処世術がモノを言う世界。

 

 

それをうまくやることが人生じゃない。

 

 

飛べる、と気づいて。そうすれば、這いつくばってる自分に気づける。

 

 

這いつくばる必要なんてない、と気づける。

 

 

 

無意識は人生を指揮し、それをあなたは宿命と呼ぶ

心理学者、カールユングのことば。

 

 

無意識を意識に変えない限り、無意識はあなたの人生を指揮し、あなたはそれを宿命と呼ぶ。

カール・ユング

 

無意識とか意識とかむつかしそうだけど、要は、

 

気づいているのか、いないのか。

 

ってところ。

 

つまり、

 

気づいてないことに気づいてない、ってことが人生を決めるってこと。

 

そして、気づいていないことはどこも悪くない。

 

そして気づくべきだというわけでもない。

 

 

 

でも気づくってサイコーに素敵だと私は思う。

 

それはミラクル。

 

ミラクルはいつだって運命や宿命を軽々と飛び越える。

 

 

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続・誰かが自分をバカにしていると感じたら

まずは一昨日に書いた最初の記事を読んでね。

http://mynameismiracle.pw/2017/11/10/誰かが自分をバカにしていると感じたら/

 

どうしてこの記事を書いたかというと・・・

 

その日、電話で知らない人(男性・年配)に突然怒られたから。

 

「失礼なヤツだな!」

 

って。

 

私は100%バカにしてないし。第一、その人をバカにするほど知らないし(笑)

 

私が言ったことを究極にねじ曲げて、究極にひがんで受け取ると、そうなるんだなーと感心したわけ。

 

で、その「ねじ曲げる」「ひがんで受け取る」はなにから来てる?と探ったところ・・

 

コンプレックス。

 

自分はこれがあるせいでダメなんだというストーリー。

 

そのねじ曲がってひがんでいるフィルターを通すと・・・

 

あれあれ「まったくどいつもこいつも俺を分かってない」っていう不幸なストーリーのできあがり〜。

 

登場人物はいつでも「自分をバカにする」ことがお約束だから、そんな気がさらさらない私までわざわざ出かけてきて巻き込むというパワフルっぷりだぜ。

 

しんどそう(ため息)

 

そんなしんどいストーリー、捨てちゃえばいいのに。

 

いつだって、瞬時に捨てられます。気づくことができれば。

 

ここまで書いて気がついたけど、彼はこんなふうにどこまでもぽかーんと抜けている私に腹が立ったということなのでは?!

 

後で冷静になったのか謝ってきたけど。

 

んもー、どっちだっていい(笑)

 

苦しいストーリーは今すぐ脱ぎ捨てる。

 

ストーリーがないとほんとうに楽だよ。

 

「自分をバカにしているかもしれない」ということに振り回されるのではなく、

 

「自分は別にバカにされていない」というということを一生懸命信じるのでもなく、

 

ただ、

 

「そこにはなんにもない」

 

ということに気づくこと。

 

ほんとうになんにもない。ただ影が映ったり消えたりしてるだけ。

 

 

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火の車 造る大工は無けれども

火の車 造る大工は無けれども

 

おのが造りて おのが乗りゆく

 

I LOVE ZEN♥

 

枠がまったくなくて、「なにもない」自由なところがサイコーです。

 

それにユーモアのセンスがバツグン。

 

火の車だけじゃなく、どんな車(感情)に乗るなよ−。

 

造っちゃったらリリースだぞー。

 

 

 

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